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「ピアノが上手に弾けるんだよ」

と、ある風の噂で、
小学校のM先生が亡くなったと知った。

先生は、私の担任じゃなかった。
色白で青髭さんで、運動音痴気味で、やさしいやさしい先生だった。

私の担任は反面教師のTだった。
すぐ赤面して林檎になる私を、あえてみんなの前で晒し者にした。
それくらいのことなら耐えられる。
Tから受けた衝撃はそんなものじゃすまなかった。

それはいいんだ。Tのことは。
私はTの生徒であったおかげで、歪んだ世界も渡ってこれたのだから。
今の私になれたのはTの暗黒面のおかげじゃないかって感謝すらしている。
_ _ _

M先生は、途中からやってきた、Tにつかわれていた。
子供ながら分かった。
Tはミニバスチームを全国優勝へ導いた経歴があるらしく、
すこしだけかっこよく見えた。子供ってそんなものでしょ?
M先生が情けなく思えたこともある。

Tは、クラスのちょっとしたスターだった私を目の敵にして、いじめてきた。
たしかに、生意気なガキだったんだ。
もう一人のマドンナを気に入っていたのかいないのか?ひいきしていた。
ことあるごとに、スポーツマンの私と成績優秀なNちゃんを比較して、私を嘲った。

_ _ _

なぜか、その時、私とNちゃんとTとM先生の4人だった。
体育館を出た水道のある辺りだったろうか・・・

Nちゃんと隣にいた私は、またTから暴言を受けるんだろうと、少し身構えてすらいた。
そんな私の手を
「ちょっとみせて」と言って
M先生は私の手をとった。優しく包むように。

TもNちゃんも、私も何事かと思った。

「細くて長いキレイな指をしてるね」
にっこり笑ってM先生はそう言った。

褒められることになれていない私は動揺した。
しかも、私の目の前にTが立ちはだかり、Nちゃんが隣にちょこんと座っているのに。
「あなた、ピアノ習ってる?」
こっくり頷いて、
「こういう手をしている人はね、
 ピアノが上手に弾けるんだよ」
M先生は、満面の笑みでつづけた。

私は手を引っ込めた。TがM先生を怒っている。Nちゃんもつまらなそうだ。

その夜、私は自分の手を見つめた。
信じられなかった。M先生、おかしな事言うなーって。
_ _ _


最後にM先生に言葉をもらったのは、
中学にあがり、校舎へ向かう道でのことだった。

遠くからTと歩いてくる。
恐ろしかった。きゃつと会いたくなかった。
Tが相変わらず何か言った。どうでもよかった。
別れ際に、
M先生は、
「じゃあ、がんばってね!」
最後に優しく力強く肩に手を置いてくれた。

_ _ _


M先生と話したことはあまりない。
思い出せるのはこの二回きりの会話。

M先生。
あれから結局、私はピアノをうまく弾けるようにはなりませんでした。
でも、この手で、詩や絵を描いています。
心をこめてかいています。

先生、ありがとう。
先生、どうしてですか?
ノイローゼって鬱病とかと違って、突然来て訳も分からずいってしまうんですよね。
よくよくよく 知ってます。
Tは、今では横浜の小学校の校長にまでのし上がったとか。
悪人世にはばかる。ってほんとかな。

私は、少しでも私を必要としてくれる人のために、生きたい。
私は死にません。
130歳まで生きるのが目標です。
不意の事故や病気は避けられないとしても。
出来れば、先生のように誰かを守りたい。
途中で死ぬのなら、守るために死にたい。

M先生を思い出す度、私は自分の手を見つめます。
忘れられない、ことば。
幾度となく、私を救ったことば。

先生。M先生。ありがとうございました。
出来れば、もう一度お会いしたかったです。

どんなに、あなたが素晴らしい教師であるかを
延々と語り通したかったです。

じゃ、そろそろ、シチュー用の牛乳を買ってきます。
少し急いで。
東北の夜は、もう凄く冷えます。
ひやりと、星が嘘みたいに瞬きます。
頬が冷たいです。
白い息みえますか?
by anthology11 | 2007-10-16 18:10 | その他